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      すみません、ジョン親分
      12月8日。25年前。ジョン・レノンは、自宅前で撃たれた。
      サルサガムテープは他のたくさんのミュージシャンとともに、彼を偲ぶというより、そのビジョンを再認識するイベントに参加した。新宿ロフトに集まった人の多くは、ジョンが撃たれたとき、まだ生まれていなかっただろう。私はもちろん生まれていて、訃報は本郷三丁目のパプで受けた。泣き崩れたのは言うまでもないけど、それよりも戦慄したのは、ラブ&ピースにうかれた70年代にトドメを刺す暗殺の背後で、どうだお前ら分かったか! と冷笑をうかべる者の存在を、確かに肌で感じたことだった。これは、ほんとうに、怖かった。
       ジョンは、世界のラブ&ピース小僧らの、親分だった。
       同じビートルズのポールやストーンズのミックでは役不足だった。カリスマ性とかの問題ではなく、理念を実現するために体をはっていたという意味で、オイラたちの親分だった。どんなことでも相談できそうな親近感が、ジョンにはあった。たとえば、厄介な女の子にひっかかっちゃったんだけど、どうやって別れたらいいかなぁ? なんてこと。実際には不可能だったけれど、機会に恵まれれば、ジョンは気安く答えてくれるような気がしていた。ジョンが偏狭な平和主義だけだったらそうはいかない。立派な事をしながらも、いつだってトッポさが漂っていたから、信じられた。遠くて近いジョン。オイラたちの戦陣をきって旗を振っているジョン。トッポいロックンローラーのジョン。
       だから撃たれた。親分をやっちまえば、下っ端どもは、右往左往するだけの無数の蟻んこだ。そして、オイラたちは、ほんとうに右往左往するだけの蟻んこになった。
       2005/12/8 新宿ロフトのステージで、ハッピー・クリスマスの「War Is Over」フレーズを歌い出したとたんに、不覚にも、泣いてしまった。あれから25年もたったのに、オイラたち子分は、相変わらずの蟻んこで、親分の遺志をなにひとつ実現できていない。WarはいまだOverしていない。そのことが申し訳なく、情けなく、いつまでも出来の悪い子分で、ジョン親分に「すみません」と謝りたくなってしまい、それが泣きになってしまった。まったく、しょーもねぇー子分だ。
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